寝てみる夢と起きてみる夢。同じ字なのは何故?
夜、眠っている時に「現実の物?」として感じる物を「夢」と言います。
また、将来実現させたいと思っている事柄の事も、「夢」と言います。
一見全く別物に見える両者には、何故同じ字が使われているのでしょうか?
さらに「人の夢」と書いて「儚い(はかな・い)」と読みますが、何故人の夢は儚いのでしょうか?
「夢」と言う字は、「+夕」で生まれた漢字です(の一番下の目が、夕に置き換わった)。
は「ボウ」と読み、「目がハッキリしない」と言う意味。そして「夕」は夜を表します。
この2つが合わさって、「夢」と言う漢字には「(明かりなどが)暗い」と言う意味が与えられたのです。
寝てみるユメの意味も、起きてみるユメの意味も、元々は持ち合わせていなかったのです。
寝てみるユメの意味を持つ漢字は、「」という漢字でした。
のウ冠は建物の屋根、ウ冠の左下はベッド(寝台)、右下は暗い、を意味し、あわせて「人が暗い屋内の寝台の上で見る物=ユメ」を表しています。
ところが、は難しい漢字ですので、この漢字に含まれる「夢(の、草冠の真ん中が抜けたもの)」に、の意味である「ユメ」が付け加えられたのです。
その字が時を経るに連れ、草冠の真ん中がつながって「夢」という漢字になり、「暗い」と言う意味と「ユメ」と言う意味を持つようになったのです。
「人の夢は儚い」なんてよく言いますが、「儚」と言う漢字の「夢」は、「ユメ」の意味ではなく「暗い」の意味なのです。
「暗いところにいる人」から「おろかな人」を表し、そこから「不安定である」「頼りない」そして「はかない」の意味が展開したのです。
では、「将来の夢」などと言う時の「夢」は、なんなのでしょう?
実はこれは、「夢」と言う漢字が日本に入ってきてから、日本人が勝手につけた意味なのです(これを「国訓」「訓」と言います)。
その昔、日本人は中国から入ってきた漢字に、次々と日本語を当てはめていきました。
「夢」と言う漢字には「暗い」から「明らかでない」と言う意味もあったため、「明らかではない事=未来の事」の意味がつきました。
なお、先ほど何度か「『夢』の草冠」と言いいましたが、「夢」と言う字の部首は草冠ではなく「夕」ですので、お間違いなく。
上の文章は、便宜上こう言っているだけです(ちなみに「儚」の部首は人偏です)。
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