他人がいると、冷酷になる?
過去、こんな事件がありました。
ニューヨークのクイーンズ地区で起こった、「キティー嬢事件」と言う事件です。
20代後半の女性キティーに、1人の暴漢が襲いかかりました。
この時、地区の住民38人が、キティーの悲鳴を聞いて窓を開け、顔を出したのです。
犯人は、明かりがついた事や、住人の声がした事から、2度、襲撃を中止しました。
しかし、3度目の襲撃で、犯人が女性を殺害。
この間30分もあったにも関わらず、誰も女性を助けたり、警察に通報したりしませんでした(しかも、死亡後に通報したのも、たった1人)。
果たして、この人たちは冷淡で、残酷な人々でしょうか?
実は、このように「目撃者が大勢いたにも関わらず、誰も何も行動を起こさなかった」と言う事件は、さほど珍しい事ではないのです。
この事件を受け、アメリカの心理学者、ラタネとダーリーが、ある仮説を立てました。
「目撃者たちは、38人もいたのに通報しなかったのではなく、38人もいたからこそ通報しなかったのではないか?」
この仮説を証明するため、4986人もの人々に参加してもらい、ある実験を行いました。
実験に参加した人々は、予定の時間にある大学へ来ると、部屋へ案内されました。
そこで、実験者から説明を受け、市場調査のアンケート用紙に記入し始めます。
ところが、開始から4分ほどたった頃、突然、隣の部屋からイスの倒れる大きな音と、女性の派手な悲鳴が聞こえてきます。
ここで、アンケート用紙に記入をしている実験参加者たちは、果たして女性を助けに行くか否か? これが、調べられたのです。
すると、実験参加者が1人きりで部屋にいた場合には、60秒を過ぎるまでに、7割弱の人が女性を助けようと行動を起こしました。
しかし、実験参加者が他の人と一緒にいて、しかも他の人が何も行動を起こさない場合、60秒経っても、女性を助けようとする人は1割もいなかったのです。
つまり、行動を起こそうとしない人が周りにいると、自分自身が行動を起こす割合が下がってしまった、と言うわけなのです。
これにより、「目撃者が大勢いたのに助けなかったのではなく、大勢いたから助けなかった」と言う事が、証明されたのです。
この実験終了後、女性を助けなかった人に、何故女性を助けなかったのか聞いたところ、
「何が起こったのか良くわからなかった」「大した事ではないと思った」「誰か他の人が助けに行くだろう(行くはずだ)と考えた」
などと答えています。
松井豊と言う人が、一連の実験結果を元に提唱したモデルによると、緊急事態に遭遇した時の人の思考内容は、こうです。
例えば、自分の目の前の人が、突然胸を押さえて倒れたとします。
この時、人はまず「この人は援助を求められているのか」「自分はこの人に関わるべきなのか」などと言ったことを、短時間で検討します(これを「一次的認知処理」といいます)。
(ただしこの時、「かわいそう」と言う共感や、驚き、恐怖などが出ると、「どうすればいいのか」と考える行動プランの検討が、妨害されやすくなります)
そして、そのうち人は、「この人を助けるべきである」と言う意識(「規範的責任感」)が高まってきます。
しかしこの時、同時に、「自分が危険な目に遭うのではないか」「事件に巻き込まれたりしないか」と考え、得か損かの検討もなされます。
するとたいていの場合、「助けない」方向に人は向いてしまうのです。
ただし、なんの要因もないのに助けないと、ただの冷酷な人間になってしまいます。
人は、自分が冷酷だとは思いたくないので、なんとか「助けない理由」を探そうとするのです。
これを「防衛的再検討」と言うのですが、この時、周りに大勢の人がいた場合、人は「あの人たちの誰かが助けるだろうから、自分は助けなくてもいい」と考えてしまうのです。
冒頭の事件の場合、目撃者にとって、自分の周りには37人もの人間がいます。
これだけいると、「あの人たちの誰かが助けるだろう」と考えてしまうので、誰も行動を起こさなかったのです。
このような現象を、心理学(社会心理学)では、「社会的制止」と呼んでいます。
また、その逆に、「周りの人たちが行動を起こしたのを見て、自分も起こす」と言う現象を、「社会的促進」と呼んでいます。
これらは何も、緊急事態に限った事ではなく、日常的に目にできるものです。
例えば、学校や職場で、周りの人間がだらけていると、自分もだらけてしまうのは社会的制止ですし、
逆に周りの人間が積極的に授業を受けていたり、仕事をしていたりすると、自分も積極的になるのは、社会的促進です。
実は人は、何か行動を決定する際、周りの人間に影響されてしまう事が、非常に多いのです。
ちなみに、冒頭の事件のように、周りに大勢の人がいる中で、暴漢に襲われてしまった時、誰かに助けてもらうには、どうすればよいでしょうか?
今まで述べてきたように、この状況では、誰かが助けてくれる可能性は、とても低くなります。
アメリカの心理学者チャルディーニが、こんな方法を提唱しました。
群集の中で襲われた場合。誰か1人を即座に選び、その他の人は完全に無視します。
その人だけを見て、その人だけに話しかけるのです。
そして「そう、あなたです。そこのブルーのジャケットを着ている方、助けてください。警察と救急車を呼んでください」などと言います。
周りに大勢人がいると、誰も助けようとしない理由は、「助けない理由」を簡単に作れるから、と説明しました。
ですので、逆に言えば、「助けない理由」を作れない状況にしてしまえば、その人は助けざるを得なくなってしまうのです。
「ブルーのジャケットを着ている方」と言う事で、まず、「救助をする責任が自分にある」と理解させます。
そして「助けてください」と言う事で、「救助を必要としている」と言う事も理解させます。
さらに「警察と救急車を呼んでください」と言う事で、「何をすればいいのか」と言う事も理解させるのです。
こうすると、「助けない理由」を作る事が難しくなるので、その人は、すぐに助けようと行動を開始してくる、と考えられるのです。
もしあなたが群集の中で誰かに襲われた時。
「相手を指定する」「助けを必要としている事を伝える」「何をすればいいのかを伝える」の3点を、思い出して下さい。
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