家族を殺すと罪が重くなる?
刑法第119条には、「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。」と書かれています。
言うまでもなく「殺人罪」の事です。
そしてその隣の刑法第200条に目を移すと、そこには「削除」とだけ書かれています。昔はあったのに消されたのです。
ところで、刑法第119条の「人を殺した者は」の「人」とは、誰の事でしょう。もちろん、「自分以外の他人」の事ですが…。
実は、過去にこれが大きな論争を巻き起こした事があります。刑法第200条には、こんな条文があったのです。
「自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス」
読みやすくすると「自分や結婚相手の直系尊属(父母、祖父母など)を殺した者は、死刑又は無期懲役にする」となります。
つまり刑法第119条の「人」とは、「直系尊属以外の人間」の事を指しているのです。
(なお、「直系尊属」とは父母や祖父母など、自分と直接血の繋がった上の世代の人たちの事で、おじ・おば、子どもなどは含みません)
そして200条では、直系尊属を殺すと119条の「殺人」よりも罪が重くなる、と言っているのです。
この200条の罪を「尊属殺人罪」と呼び、これに対し119条の罪を「普通殺人罪(又は通常殺人罪)」と呼びます。
しかし、何故これが大きな論争を巻き起こしたのでしょうか。
日本国憲法第14条には、全ての日本人が「法の下に平等」であると謳われています。
尊属殺人は「直系尊属」を「特別扱い」した物、すなわち「平等ではない」法律ではないのか、と指摘されたのです。
似たような法律が205条2項(傷害致死)、218条2項(遺棄)、220条2項(逮捕監禁)にもあり、同じ指摘を受けました。
最初に問題が起こったのは第205条第2項。
父親に窃盗の嫌疑をかけられた上、父親に鍋や鉄瓶を投げつけられた被告人が、カッとなってそれらを投げ返したところ、父親が死んでしまった、と言う事件が起こりました。
昭和25年1月9日。本来ならば第205条第2項「尊属傷害致死」で裁かれるはずのところを、
裁判所が「第205条第2項は『法の下の平等』に反しているので、適用しない」と判断。
第1項の普通の傷害致死で裁いたのです。
ここから、論争が始まりました。
直系尊属を「特別扱い」している点が違憲(憲法に反している)と主張する人がいる一方で、
「誰だっていつかは誰かの親になるのだから、平等である」と合憲性(憲法に合っている)を主張する人もいました。
尊属殺人違憲派の主張は上記の他に、「直系尊属を殺すような事情は、たいてい同情すべき事情なのだから、罪が重くなるのは可哀想だ」
「そもそも119条で死刑宣告が可能なのだから、わざわざ200条を設ける必要はないだろう」「考え方が古い」
などです。
合憲派の主張は上記の他に、「親を殺して罪が重くなるのは、道徳的な考え方だ」
「英米以外のほとんどの国でも、尊属殺人は重く罰せられている」
「憲法14条1項には『人種、信条、性別、社会的身分又は門地により』差別されないとあるだけで、親子関係まで平等だとは言っていない」
などです。
この論争は20年以上も続きましたが、昭和48年4月4日。ついに最高裁判所が「違憲である」判断。
これらの法律は平成7年5月に刑法から削除されました。
こうして、現在はただ「削除」とだけ記された条文が残ったのです(ちなみに、他のところは項目すら残っていません)。
なお、当時は英米以外のほとんどの国でも尊属殺人は重く罰せられていたようですが、現在では日本同様、削除されています。
また200条が消えた事で119条の「人」は直系尊属も含む事になったので、親を殺しても罪にならない、と言う事にはならないのであしからず。
参考文献;注釈刑法(5)(団藤重光/責任編集)
刑法各論〔新版〕(団藤重光・平川宗信/共著)
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