縄文人は米を食べていた!?
米は、弥生時代に大陸から伝わって来たと言われています。
しかし、最近の研究では、稲作開始縄文時代説がほとんど決定的になって来ています。
この新発見、どうしてわかったかというと、自然科学分析の発達のおかげ。
岡山県総社市南溝手遺跡から出土した土器には、モミのあとがついていました。
このことから、縄文時代後期に稲作が行われていた可能性が強い、と言われるようになったのです。
さらに、縄文時代後期の土器の土の中から見つかった、プラント・オパールの結晶が、稲の存在を証明しました。
突然ですが、稲科の植物で手を切ったことはありますか?
あれは、葉の細胞に珪酸(けいさん)と言うガラス質の物質が大量に含まれているため。
この珪酸が化石になるとプラント・オパールになります。これは、1万年経っても変化しません。
このわずか40ミクロン(100分の4ミリ)の結晶が、縄文時代に稲作が行われていた可能性を示しているのです。
ですが、もしテストで『稲作が開始されたのは何時代か?』という問題に対して、『縄文時代(後期)』と書きバツをもらっても、当館の住民及び管理人は、一切の責任を負いませんのでそのつもりで。
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