4月1日は江戸時代でも特殊な日
4月1日はご存知エイプリルフール。ウソをついても許される日です。
これはもちろん、元々ヨーロッパの仕来り。
しかし、江戸時代にも、4月1日はある特別な日でした。
何の日だったかと言うと、「不義理の日」。
これは、日ごろご無沙汰している人に手紙を書き、不義理(義理を欠く事。特に金を借りたまま返さない事)を詫び、最近の様子を尋ねる、と言う日です。
「ウソをつく」と言う現在の4月1日と比べると、えらい違いです。
ちなみに、この不義理の日が、こんなエピソードを生みました。
赤穂浪士(あこうろうし/47人の元赤穂藩の浪士。「忠臣蔵」を起こした人々)の1人に、堀部安兵衛(ほりべやすべえ)と言う方がいました。
彼は、高田馬場(たかだのばば)と言う場所で、叔父の菅野六郎左兵衛門が多数の侍たちと決闘している所に割って入り、決闘を止めました。
この叔父である菅野六郎左兵衛門は、事前に決闘日時と場所を手紙で堀部安兵衛に知らせていたのですが、その手紙が届いたのが運悪く4月1日。
そのため堀部安兵衛は、どうぜ不義理の日の手紙だろうと思って封を切らずに放っておいたため、決闘に出遅れた…と言うことです。
現在も、本当のことを言ったのに嘘だと思われたりするし、そう言った意味では、今も昔もよく似た日ではあります(?)。
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