もう1つのオリンピック?
4年に1度開かれる世界的な大会が、オリンピックです。
あまり有名ではありませんが、それに平行して、もう1つのオリンピックも開催されているのです。
その名も、「パラリンピック」。
これは、「パラレル(平行の)」と「オリンピック」を合わせた言葉です。
ただし、これは現在の呼び名。本来は、「パラプリジック」と「オリンピック」を合わせた言葉でした。
「パラプリジック」とは、「(半身)不随」、つまり、体の半分が麻痺して動かない事。
パラリンピックは、こうした身体障害者のみが参加できる、世界的な大会なのです。
(パラプリジックオリンピックがパラレルオリンピックになったのは、半身不随以外の方も参加するようになったから)
事の起こりは、第二次世界大戦。
この戦争で傷ついた兵士たちが、イギリスのストローク・マンデビル病院に担ぎ込まれました。
治療の甲斐あり、彼らは一命を取り止めましたが、脊髄を負傷して、体が麻痺してしまいました。
この病院の医師、ルードウィッヒ・グットマンは、「麻痺を軽減させるいい方法は何かないか」と考えました。
そして思いついたのが、スポーツによるリハビリ。つまり、体が麻痺した患者さんに軽いスポーツをやってもらったのです。
1948年7月28日。ロンドンオリンピックの開会式と同じ日に、車椅子の入院患者によるアーチェリー大会が開かれました。
この大会は毎年開催され、1952年には国際大会になりました(その時の参加国は、イギリスとオランダのみ)。
1960年には、グッドマンを会長とした「国際ストーク・マンデビル大会委員会」が組織され、
その年のオリンピックが開催されたローマで、大会が開かれました。
この大会は現在、第1回パラリンピックと呼ばれています。
第1回と第2回は、オリンピックと同じ場所で開催されましたが、それ以降はオリンピックとは関係の無い場所で、4年に1度開催されました。
しかし、1976年モントリオールオリンピックの年から、オリンピックと同じ場所でパラリンピックを開く事になり、
同時に、この年から冬季大会も始まりました。
また、ソウル大会以後、オリンピックと同じ場所で開く事が義務付けられました。
ところで、一口に「障害」と言っても、その度合いは人それぞれです。
そこでパラリンピックでは、障害が重い人が不利にならないように、使う道具やルールなどが細かく決められています。
ちなみに、夏季第2回パラリンピックは東京で、冬季第7回パラリンピックは長野で、それぞれ開かれています。
また、2004年アテネパラリンピックでは、日本人参加選手は全部で163人(全参加選手3969人)。
参加国144か国中10位と言う、好成績を収めました。
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